栗芳ですが、何か。

たぶん、いけばな日記。

大抵ね、内にこもると、言葉をアウトプットできなくなるものだよね。
そういうことなのよね。

 

右脳三昧の日々を送ると、左脳の遣い方がわからなくなるわけよ。

そういうのとなのよね。

 

ってどういうことなのよwww

 

 

みたいな毎日を送りつつ、

定期的に朝早起きして、市場に出かけようと実行に移してるわけです。

 

今まで触ったことのない家材で、何かいけてみる。

これを当面の目標にしてみようかと。

 

ゲットしたのは、カンボク。

お生花にするつもりが、創花に。

赤い実がたわわで、紅葉している葉が、たまらなく秋の気配。

 

赤い色って、強烈な印象を与えるけど、

画像を加工すると静寂が入ってくるね。

インスタ様様だわ。

f:id:rihoo:20180829134329j:plain

 

 

氣づけばもう春

やばい、やばい、やばい。

せめて月一でも、ブログを書こう、まめに書こうって思ってたのに。

季節はもうすぐ春。

 

ってか、世間をにぎわしてる「あたし おかさんだから」を読んで

私もひとしきり愚痴りたくなった。

背伸びして、我慢して、そこまですることが当たり前だと思わなくちゃ

いけないわけ?みたいな愚痴の、華道バージョン。

 

うっはwwwwww

 

って思って、パロディってみたんだけど、

どうしても現実の世界の人の特定に繋がってしまいそうなんで、

アップを諦めた。

 

少し前までは、ネットって仮想空間だったけど、

今はすでに、ネットも現実の世界になってきちゃってるもんね。

 

笑うために書いた記事が、ただの悪口になってしまったら悲しいから

アップを諦めた。

 

 

もっと文才があがったら、特定に繋がったとしても、悪口として捉えられることなく

一緒に笑ってもらえるのだろうか。

 

 

って、またしても、華道の腕を上げることではない方向性に

舵を切り始めている自分発見。

 

 

ってか、言葉も7つ道具のうちの一つだ、よね。

いけばな文化交流(@大田)

文化交流と称して、韓国の大田に行ってきた。

会場はKBSのロビー。

日本でいうところの、NHKってことになるんだと思う。

韓国の場合は、流派ではなく、会っていうのが一つの単位になってるらしく、

いろんな会の代表者が、生けに来てる感じだったと思う。

だからね、作品の完成度が、どれもめちゃくちゃ高かった。

手抜きすることなく、全力で生けあげてる感じが、ジャンルは違っても

みればわかるわけよ。もうね、凄かった。

ネットで紹介してもいいよってことだったんで、一部抜粋して載せてみるね。

f:id:rihoo:20171017140433j:plain

f:id:rihoo:20171017140530j:plain

これ、全部韓国の方の作品。素敵でしょ。

 

でね、最近、こういうのばかりで、ちょっと頭打ち感があって、

新しい空気を吹き込みたいって、日本の華道界との交流を欲してたってことだったみたいで、日本のACA(団体)と、第一回目の交流ってことになったわけ。

f:id:rihoo:20171017141250j:plain

これが私の作品。

70㎝四方の場所に、何をいけるか?って考えて、杜若にしてみた。

韓国で杜若は手に入れられないから、日本から持参。

10月でも手に入れられる、京都の園芸屋さんに感謝してる。ありがとう。

 

でね、展示会が始まる日に、蕾だった花がちょうど開花を始めてくれて

計算があって、ホッとした。私グッジョブ。

 

そしたらね、

「このラインを出すのに何年かかったのか?」

って韓国の方から質問されて。

 

もうね、ビックリした。

日本でね、いけばなを習っていても、「ライン」に氣付いて、

観たり活けたりできている人が、どれだけいるのか?ってのが現状だと思うのね。

それなのにね、お隣の韓国の方がよ、それを意識し、しかも習得に時間かかるんだよね?的な発想で質問をしてきたってことに、おったまげ。

 

ちゃんとね、「35年です。」って返事したよ。

 

そしたらね、日本のいけばなの技法は、習得に時間がかかるから、若い人が

嫌がるんですってゆうてた。

 

もうね、「それは日本でも同じです。」って付け加えておいた。

 

選抜されたメンバーが参加して、さらに日本語が出来る人が優先されたって感じの

人選でのいけばな展だったからかもしれないんだけども、

のっけから、こんなに濃ゆい話ができるなんて思ってもいなかったから

めっちゃ驚いた。

 

他にもいろんな体験してきたんだけど、

肝心なのは、人(ハート)だなって思った。凄いよ、韓国の人達。

バイタリティー半端ない。おもてなし具合も、半端なかったしね。

もうね、頭下がりっぱなし、って感じだった。

 

なんかね、今後意識して学んでみたいって感じたことがてんこ盛りすぎて、どこから、どう書いていいのかもわかんないんだけども、

もっと韓国語を真剣に勉強しようって思っての帰国だった。

 

f:id:rihoo:20171017143321j:plain

f:id:rihoo:20171017143214j:plain

f:id:rihoo:20171017143536j:plain

画像がたくさんありすぎて、一部抜粋なんだけども。

朝鮮人参の天ぷらなんて、生涯において食べることができるなんて想像してなかったし。

 

また行くよ。きっと行く。

 

いけばなを習うということ

youtu.be

いけばなを習うって、どういうことなんだろう?って

自問自答の日々は、まだまだ続いてるわけ。

 

人によってね、いろんな考え方があるはずだから、

答えって限定されるものでもないよな、とも思うわけ。

 

おうちでね、花を飾ってみようって思える、その気持ちのコンディションというか、

そう思える余裕さ加減というか、そういう精神状態でいられる自分作りが

あってこその、いけばなだと思うわけ。

 

気持ちに余裕がなければ、花を飾ろうって思えないよね。

 

だからね、花を飾れる気持ちコンディション作りが出来ているっていうだけで

充分に自己管理できてると思うわけ。

まずはね、ここを褒めていいんじゃないかと。

 

で、花器なんてなくてもね、花はいけられるわけ。

とりあえず、こんな感じにいけるんちゃうかな。

f:id:rihoo:20170829101143j:plain

で、このパターンに飽きてくるような人が、いけばなを学ぶと

おもしろい!って感じるんちゃうかなと思ってる。

 

で、何をするかっていうと、「折留め」っていう手法を使うのね。

f:id:rihoo:20170829101653j:plain

茎を折った箇所を、花器にあてて固定させる。

ちぎれたらダメだからね。ちぎらないように折ってね。

で、足元を絡めれば、強度アップ。

 

花器に、茎をそのまま突っ込むだけの状態だと、

置き場所を変えたいときなんかに、移動させると、頭が動いて

せっかくいけた花の位置が変わっちゃうんだけど、この手法を使うと

固定できるから、動かないの。

花をいける角度の調整もできるから、立体感もでてくるよ。

 

 

とうとう、ユーチューバーになりました。でびゅーだわ。笑

 

 

 

 

華道と量子力学

なんかね、小難しい題名つけちゃったんだけど、

ずっと書いてみたかった記事だったわけ。

 

あっ!

 

って氣づいてから、ずいぶん時間が経っちゃいまして。

どこからどう書こうか、どう書けば、シンプルで解りやすく説明できるのか?

そんな世界観に飛び込んでいきましたらば、少しずつ見えてきた氣がしてるわけ。

 

で、忘れないうちに、書いてみようと思って。

 

この世界観が、私の中で、今後、どう変化を見せていくのか、みたいな可能性も

否めないので、現時点で、こう捉えているっていう前置きフィルターを装着して

から読んでくださいましな。

 

 

【枝を撓(た)めて、曲をつける】という技について。

 

これね、力任せにして枝を曲げるのってことではないの。

力は、あくまでも補助。というか、ツール。

まずは、

①仕上げたい曲線を、頭の中でしっかり描く。(イメージング)

②枝に触れ、頭の中に描いたどの部分の枝が、触っている枝と同じ場所にあるのか

 の確認作業をする。

③枝に触れながら、イメージした部分の脳内の枝が曲げやすい柔らかさになるように

 イメージする。

④触っている枝の感触と、脳内の枝の感触が一体となったときが、曲げられる合図。

 この感触を得られたときに、枝に力を加えて撓めす。

 この作業に慣れてくると、触れている枝の内分の感触が皮膚を通して伝わってくる。

 

これがね、量子力学を利用してるってことなんだと思うわけ。

量子って、物質を作りだす、小さな単位のもので、

小さすぎて、いろんなものを通過しちゃう。

 

 

人の氣(念)を利用する。

量子として枝に注入、みたいな感じになってるんちゃうかと。

 

華道歴の長い人って、言語に頼らなくても、いつの間にか、これを体得してると

思うんだけど、これからの人達って、歴を刻むほど関わっていける人が、

どのくらいいるのか、っていうことに、私は激しく疑問を抱いてて。

これから習ってみようと思ってくれた人に、できうる限り最短で習得させたいと

思ってて。そしたら、ここにたどり着いた、みたいな。

 

この量子力学作用に氣づくと、勘が研ぎ澄まされてくるよ。

 

物事に対する良し悪しは、自分で決断できるようになる。

自分の出す答えが、第三者と違っていても、不安度は、ぐっと低くなると思う。

そもそも、不安って、自分自身が作りだしてしまった妄想だと思うんだけども。

 

本来の日本人が持っていた感覚だと思う。

現代の日本人は、これが随分薄れてきてしまっているんじゃないかな。

日本いけばな協会誌

通称「日いけ」と呼ばれている団体の会員になっているために、

定期的に様々な資料が送られてくるんだけど、真剣に読んだことはない。

というか、なかった。

f:id:rihoo:20170619135641j:plain

だけど、昨日は、協会誌というものが送られてきて、

入会して、初めて、素敵な資料をいただけた!と思える内容に感激しまくった。

 

所属している流派の作品(293作品)が、掲載されている雑誌だったため、

こういう生け花もあるのかぁ、って、もうね、釘づけ。

f:id:rihoo:20170619135752j:plain

 

この協会誌は、大切に保管しようと思う。

 

丹田の氣(つづき)

華道もさ、「道」がつくから、身体の使い方とかの指導があったんじゃない?

って、堀田先生に聞かれたんだけど、

思い当たることなんて、何もなくて。

 

ほら、生けあげたものが、なんぼの価値があるわけで、

自分の身体がどう?!、って、意味わかんなくて。

 

ノコギリ使ったり、金槌使ったり、レンチ使ったり。

女子力より男子力が必要なケースもあるし。

うむぅぅぅって、チンプンカンプンで出口が見つからない状態だったんだけど、

 

1ミリ胸を広げて、1ミリ頭を持ち上げる姿勢をしたら、

丹田に氣が集まってきたのが、瞬時にわかって。

そしたら、何かがスコーンと入ってきた感じがしたわけ。

 

 

それまで、何に悩んでいたのかっていうと、

私の中で、一番得意な杜若を活けるということにあたって、

出来上がる雰囲気がいつも同じになっちゃって、面白みに欠けるな、って

感じ始めてたわけ。

 

私は、これしか活けられないのか?みたいな。

 

それはそれで、綺麗なんだけど、綺麗どまりというか。

もう一つ何かないの?というか、

そろそろ階段登ろうか?みたいな。

でも、登りたいんだけど、階段が見つけられないよ?みたいな。

 

そんな砂漠に放り出されて、途方に暮れていたんだけど、

スコーンと入ってきた何かのお陰で、とりあえずやってみようと思えたわけ。

 

 

こういう時って、花材がしゃべりかけてくれるわけ。

葉を選んでいるときに、これ、それ、みたいな閃きを感じるというか。

そこに理論なんてものは何もなく、ただただ第六感で選ぶ感じ。

 

あぁ、この感触、久しぶりだわ、なんて思った。

これが氣だよね?みたいな。

 

そういえば、枝を撓める時、葉を撓める時、これ、使ってるなって思って。

枝に指をあて、内部構造に想いを馳せて、指を当ててるポイントに氣を合わせてる

というか、送っているというか、何かしてるなと思って。

そうやって、私は曲をつけてるなと思って。

 

生け花してる時しか、使いこなせていない氣なんだけども。笑

 

 

で、もそっと、上手に氣を使いこなせたら、何か違ってくるかも?!

 

 

っていう大人の階段を見つけたよっていう話。

 

おわり。