栗芳ですが、何か。

たぶん、いけばな日記。

丹田の氣(つづき)

華道もさ、「道」がつくから、身体の使い方とかの指導があったんじゃない?

って、堀田先生に聞かれたんだけど、

思い当たることなんて、何もなくて。

 

ほら、生けあげたものが、なんぼの価値があるわけで、

自分の身体がどう?!、って、意味わかんなくて。

 

ノコギリ使ったり、金槌使ったり、レンチ使ったり。

女子力より男子力が必要なケースもあるし。

うむぅぅぅって、チンプンカンプンで出口が見つからない状態だったんだけど、

 

1ミリ胸を広げて、1ミリ頭を持ち上げる姿勢をしたら、

丹田に氣が集まってきたのが、瞬時にわかって。

そしたら、何かがスコーンと入ってきた感じがしたわけ。

 

 

それまで、何に悩んでいたのかっていうと、

私の中で、一番得意な杜若を活けるということにあたって、

出来上がる雰囲気がいつも同じになっちゃって、面白みに欠けるな、って

感じ始めてたわけ。

 

私は、これしか活けられないのか?みたいな。

 

それはそれで、綺麗なんだけど、綺麗どまりというか。

もう一つ何かないの?というか、

そろそろ階段登ろうか?みたいな。

でも、登りたいんだけど、階段が見つけられないよ?みたいな。

 

そんな砂漠に放り出されて、途方に暮れていたんだけど、

スコーンと入ってきた何かのお陰で、とりあえずやってみようと思えたわけ。

 

 

こういう時って、花材がしゃべりかけてくれるわけ。

葉を選んでいるときに、これ、それ、みたいな閃きを感じるというか。

そこに理論なんてものは何もなく、ただただ第六感で選ぶ感じ。

 

あぁ、この感触、久しぶりだわ、なんて思った。

これが氣だよね?みたいな。

 

そういえば、枝を撓める時、葉を撓める時、これ、使ってるなって思って。

枝に指をあて、内部構造に想いを馳せて、指を当ててるポイントに氣を合わせてる

というか、送っているというか、何かしてるなと思って。

そうやって、私は曲をつけてるなと思って。

 

生け花してる時しか、使いこなせていない氣なんだけども。笑

 

 

で、もそっと、上手に氣を使いこなせたら、何か違ってくるかも?!

 

 

っていう大人の階段を見つけたよっていう話。

 

おわり。

 

 

 

 

 

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