栗芳ですが、何か。

たぶん、いけばな日記。

華道と量子力学

なんかね、小難しい題名つけちゃったんだけど、

ずっと書いてみたかった記事だったわけ。

 

あっ!

 

って氣づいてから、ずいぶん時間が経っちゃいまして。

どこからどう書こうか、どう書けば、シンプルで解りやすく説明できるのか?

そんな世界観に飛び込んでいきましたらば、少しずつ見えてきた氣がしてるわけ。

 

で、忘れないうちに、書いてみようと思って。

 

この世界観が、私の中で、今後、どう変化を見せていくのか、みたいな可能性も

否めないので、現時点で、こう捉えているっていう前置きフィルターを装着して

から読んでくださいましな。

 

 

【枝を撓(た)めて、曲をつける】という技について。

 

これね、力任せにして枝を曲げるのってことではないの。

力は、あくまでも補助。というか、ツール。

まずは、

①仕上げたい曲線を、頭の中でしっかり描く。(イメージング)

②枝に触れ、頭の中に描いたどの部分の枝が、触っている枝と同じ場所にあるのか

 の確認作業をする。

③枝に触れながら、イメージした部分の脳内の枝が曲げやすい柔らかさになるように

 イメージする。

④触っている枝の感触と、脳内の枝の感触が一体となったときが、曲げられる合図。

 この感触を得られたときに、枝に力を加えて撓めす。

 この作業に慣れてくると、触れている枝の内分の感触が皮膚を通して伝わってくる。

 

これがね、量子力学を利用してるってことなんだと思うわけ。

量子って、物質を作りだす、小さな単位のもので、

小さすぎて、いろんなものを通過しちゃう。

 

 

人の氣(念)を利用する。

量子として枝に注入、みたいな感じになってるんちゃうかと。

 

華道歴の長い人って、言語に頼らなくても、いつの間にか、これを体得してると

思うんだけど、これからの人達って、歴を刻むほど関わっていける人が、

どのくらいいるのか、っていうことに、私は激しく疑問を抱いてて。

これから習ってみようと思ってくれた人に、できうる限り最短で習得させたいと

思ってて。そしたら、ここにたどり着いた、みたいな。

 

この量子力学作用に氣づくと、勘が研ぎ澄まされてくるよ。

 

物事に対する良し悪しは、自分で決断できるようになる。

自分の出す答えが、第三者と違っていても、不安度は、ぐっと低くなると思う。

そもそも、不安って、自分自身が作りだしてしまった妄想だと思うんだけども。

 

本来の日本人が持っていた感覚だと思う。

現代の日本人は、これが随分薄れてきてしまっているんじゃないかな。